「出資持ち分」について

勤務医の先生方にとって これまで聞いたことのない「出資持ち分」について、下記の項目に沿って解りやすくご説明させていただきます。

(A) 「出資持ち分」とは?

(B) 出資持ち分のある医療法人譲渡による買い手のメリットとデメリット

1)買手側が得られる出資持分譲渡による医療法人M&Aのメリット

2)買手側の出資持ち分譲渡による医療法人M&Aのデメリット

(C) 出資持分のある医療法人譲渡による売手のメリットとデメリット

1)売手側が得られる出資持分譲渡による医療法人M&Aのメリット

2)売手側の出資持ち分譲渡による医療法人M&Aのデメリット

(D)売手と買い手のメリット・デメリットの見方

<「M&A」とは)> ・・・「Mergers(合併) and Acquisitions(買収)」の略で、合併、買収、事業承継などを指します。

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(A) 出資持分とは?

出資持分とは、(2007年3月31日以前に設立申請された医療法人に対して、)法人に出資した「出資金額を財産権として持っていること」を指しており、出資者にはそれぞれ「出資金額に応じた財産権」がある事を意味します。

医療法人では、株式会社のように「余剰利益を分配(配当)する」事が出来ません。
その理由は、「医療法においては、営利を目的として病院等を開設しようとする者に対しては、開設の許可を与えないことができることとしているほか、医療法人は剰余金の配当をしてはならないことを規定している。」(リンク先4ページ参照)からです。 

そのため、医療法人の出資者が法人の役員を退任したとき、死亡したとき、あるいは出資金の返還を求めた際に、出資者あるいは相続人に出資額に応じて返還しなければなりません。
もちろん、出資者が返還を求めずに法人に寄付した場合には、法人には贈与税が発生します。

このように出資持分(一部または全部)を第三者に対して譲渡することもできるため、譲渡時の出資持分の評価額は、医療法人設立時の出資金額に経過年度の利益剰余金を合算したものが出資持分の評価額になります。

<出資持ち分、1,000万円で旧医療法人の事業が順調に経営を維持できたとき>

例えば、設立時に1,000万円を出資した医療法人が順調に経営を維持した結果、法人の純資産が1億5,000万円まで増えたとします。
この場合、設立当時出資した1,000万円が1億5,000万円まで増えたことになり、出資持分の評価額は1億5,000万円と評価されます。

上にも述べたように医療法人は余剰金の配当が禁止されていることから、長期間経営が維持されれば純資産が大きくなりやすい傾向にあります。
そこで出資持分の出資者は、法人の退職時に出資持分の保有割合に応じた財産の請求を行う権利がありますので、出資持分の割合によっては払い戻し額が大きくなる結果、医療法人の経営を圧迫する事が指摘されています。

また出資持分を相続する場合(出資者が法人の社員のまま亡くなられた場合)、財産権があることから相続税の課税対象となります。

<新法人の場合>

他方、2007年4月以降に設立された基金拠出型医療法人(いわゆる新法人)では、財産権は担保されておらず、設立時に拠出した金額の払い戻しを除き、医療法人の利益余剰金は国や地方自治体等に帰属します。
そのため払い戻し請求や相続が発生することがありませんので、将来にわたり安定した経営を行なうことができるのが基金拠出型医療法人の特徴です。

例えば、設立時に1,000万円を拠出した基金居室型医療法人が順調に経営が継続された結果、法人純資産が1億5,000万円まで増えたとします。
この法人を解散した場合、設立時に拠出した1,000万円は拠出者のものですが、残りの1億4,000万円は国に帰属することになります。
但し、医療法人の解散時に財産が残った場合、役員退職金の支給により財産が残らないように調整することは可能です。

従って「出資持ち分」の有無に関わらず、余剰金は役員の退職金として処理することで、医療法人の純資産はリセットできることになります。
加えて、事業期間の長い「出資持ち分のある医療法人」は、この「出資持ち分」の減資を行わない限り、「医療法人として事業を承継」する事は困難な状況にあります。

<どんな医療法人を継承すると後任医師の負担は抑えられるか?>

 事業承継において、「出資持ち分のある医療法人」は「出資持ち分の減資に取り組む必要に迫られていますので、買い手にとっては「医療法人の減資対策に取り組まない医療法人」は、承継の対象外と考えて良いでしょう。
つまり、「減資対策に取り組まない旧医療法人」は、「廃院」以外の選択肢はないことを前提としていますので、「地域医療を支え続けたい」と考えている可能性は低いと考えられます。

他方、「減資の対策に取り組んでいる旧医療法人が後継者探しに取り組んでいる」場合には、事業承継に本気で取り組んでいると判断されますので、このような旧医療法人を極めるなら、後任の先生の初期費用は適正に抑えられると期待されます。

(B) 出資持分のある医療法人譲渡による買手のメリットとデメリット

出資持分のある医療法人の譲渡(承継)の場合、包括継承のため出資持分所有者だけが変わります。
従って、承継前から医療法人が所有する資産や負債のみならず、カルテ・税務処理・労務管理等もそのまま引継がれます。

  包括承継とは、医療法人の権利義務を一括して承継することを言います。
         相続人個人が、被相続人の権利義務を承継することや、「医療法人の譲り受け人」が譲渡前の権利義務を承継することを包括承継といいます。

原則として、従業員との雇用契約などは、法人と職員・従業員との間の雇用契約である事から、理事長が交替してお雇用契約は従前通り継続されます。


1)買手側が得られる出資持分譲渡による医療法人M&Aのメリット

1)引継ぎが大変スムーズであることが挙げられます。基本的には保健所、法務局、税務署に所定の届出を行うのみで、クリニック運営はそのまま引き継げばよいので、容易に診療を始めることが可能なのです。
・・・・それまで勤務医だった先生にとっては、診療所として軌道に乗っていた状態を引き継ぐことで、新規開業に比べ多くの点で不安は少ないと考えられます。

2)売主に支給する役員退職金は、適正な金額(在任期間・役員報酬額・功績倍率から算出)であれば医療法人の経費にすることができるので、法人税の負担を減らせます。
  仮に売主に役員退職金を支給した結果、その会計年度が赤字であれば最低限の法人税のみで済みます。
  また、繰越欠損金があった場合には、翌年以降の法人利益と相殺できるため、役員退職金の額面次第では大きなメリットとなります。
・・・この部分は税理士に確認していただきたい点ですが、一言で言えば、出資した役員が退職し、その退職金で出資持ち分を取り崩すことで、法人の決算は赤字になります。
この赤字は、翌会計年度で黒字であっても、赤字分を7年間繰り越せますので、黒字決算であっても法人税の負担を軽減できる点で、メリットと考えられます。

2) 買手側の出資持ち分譲渡による医療法人M&Aのデメリット

1)承継前の出来事に関する責任も負わなければならない。
  例えば、従業員の退職給付引当金や未払い給与などの帳簿外の債務の引継ぎが考えられます。

2)売主と患者のトラブルを引き継いてしまう恐れもあります。これらについては継承前に買収監査(DD)を実施し、医療法人が抱えているリスクを明確化して最終契約において表明保証条項を定め相互に納得できるよう努めるなどの対策が必要となります。

  買収監査とはデューデリジェンス(デューデリ、DD)とも呼ばれ、最終契約を締結する前に買手によって行われる買収対象の最終調査を指します。

法務デューデリジェンスのチェック項目は様々ですが、特に重要度の高い項目は次の7項目です。

1) 債権・債務状況、
2) 出資持ち分の状況、
3) 契約状況、
4) 人事・労務の状況(従業員の労働条件やパワハラ・セクハラなどの職場問題、退職・解雇に関する法的問題、職員の健康診断)、
5) 法令遵守(放射線漏洩検査、放射線被曝線量モニタリングの記録、保健所の立ち入り調査の対象となる医療機器の保守点検記録)、
6) 訴訟紛争(時間外労働、未払い賃金、従業員の不祥事、知的財産の侵害、顧客との契約違反、第三者に対し不法行為)、
7) 環境汚染への配慮(医療廃棄物のマニフェスト)。

買収監査の結果は、買い取り価格の交渉材料にも使われ、リスクが高い場合には値段を下げるよう交渉します。

但し、デューデリジェンスで検出できるリスクには限りがあるため、検出・対応できないリスクについては、一定程度、出資持ち分譲渡契約書で補償条項を記載して対処する事でリスクを回避出来ます。
この買収監査費用は、通常、数十万から数百万円かかりますが、これを安くする方法があります。

すなわち、買収監査で医療法人の問題点が明らかになったとしても、その問題の取扱については「出資持ち分譲渡契約書」において、法人承継後の問題発生時おける「負担割合明確化(例えば、全額売り手負担)」とすることで承継前の問題の責任を買い手の負担を減らせられるのではないでしょうか。
(もし、売り手が承継前の問題で全額負担出来ない場合には、この仲介は成立しないと判断されます。すなわち、買い手は「買収監査」で売り手の問題点を指摘することで、契約交渉を有利に運ぶ事が出来ます。

 他方、売り手は、「買収監査」で、法人の問題点を指摘されないような事業運営を継続して来たことを前提とすべきであり、後継者を探していても、法人としての問題点を後継者に引き継がせるような運営では、契約交渉は不利になるでしょう。)


(C) 出資持分のある医療法人譲渡による売手のメリットとデメリット

1)売手側が得られる出資持分譲渡による医療法人M&Aのメリット

医療法人の売り手にとってM&Aは、次のメリットが考えられます。

まだ使用できる医療機材の廃院コストがかからない。

クリニック譲渡による利益(役員退職金及び出資金の譲渡益)を得ることができます。

2)売手側の出資持ち分譲渡による医療法人M&Aのデメリット

市街化調整区域については建築の制限があること、道路の舗装や下水道の整備が遅れるなどの問題も多いので売却するのもなかなか困難なことが多い。

市街化調整区域に立地する医療法人は、他業種への転用は困難と考えられます。
・・・・地目が宅地であっても、後継者がいなければ「宅地として一般住宅地」としての売却は困難で、閉院後、放置されるケースが多い。

<参考> 横浜市の「市街化調整区域における医療施設の立地に関する取扱指針」に沿った対応が求められると考えられます。

閉院後にも義務があります。そして、閉院しても「市街化調整区域」の場合、簡単にその土地を宅地として譲渡できません。
・・・・しかしながら、買い手にとって特に地方の「市街化調整区域」にある医療施設は、

(D)売手と買い手のメリット・デメリットの見方

売手・買い手それぞれの立場で、メリットとデメリットを上げてみました。

一般的には、売手の先生は如何に高く売ろうかと考え、買い手の先生はいかに安く買えるだろうかと考え、それぞれの立場からしか承継を見ることが出来なくなっていることと思われます。

しかしながら、一歩引き下がって考えてみることが大切です。
売手のデメリットは、見方によっては買い手にとってはメリットとなり、
また、買い手のデメリットは売手にとってのメリットとなると可能性があるからです。

従いまして、売手がデメリットばかり気にされている状況は、買い手にとってはメリットとなり得るとみることも出来ます。
また、買い手のデメリットは売手にとってはメリットとみることも可能かも知れません。

すなわち、一方にってはメリットが多いと考えていても、買い手にとってはデメリットににしかならないかも知れません。

・・・結局のところ、それぞれの立場で、メリットあるいはデメリットと思えても、立場が逆転しますと、評価は異なることがあり得ると考えられます。

要するに、それだけ距離を置いて、状況を見る視点の豊かさこそが難しい局面を突破出来るのではないかと思います。

それぞれのお立場に寄り添いながらも、「逆転の視点」こそが発想を逆転させ、人生の壁にも楽しんで立ち向かえる可能性が見いだせるように思われます。

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